獣医師・国際中医師の増田です。
前回の内容で、ヒトの医療でも東洋医療が様々な場面で活用されているということを紹介いたしました。獣医療でも徐々にではありますが東洋医学に関して検証がおこなわれており、これらを討議する学術団体も増えてきました。私も比較統合医療学会や、日本ペット中医学研究会などに参加し、知識のブラッシュアップや技術の研鑽に努めております。
東洋医学の定義や歴史など、これらを語るとなかなか壮大な文章になるので今回はちょっと省略をしてまいります。また時間のある時に…。
さて、実際に東洋医学を獣医療にどう応用するのか?について、これらをいくつかのパートに区切ってご紹介したいと思います。
鍼
おそらく、獣医療の東洋医学科で行われる機会が多いものが鍼による治療であろうと思います。鍼治療用の鍼を治療に必要とされる部位に刺すことによって得られる生体反応を症状の改善につなげるものです。主に「ツボ」と呼ばれる身体にある反応点に鍼を刺します。
ヒトにはWHOで定めている360ものツボが存在します。動物の場合はどうなのか?と言いますと、ヒトのツボの位置とほぼ似通った場所に存在します。動物独自のツボというのも存在します。
ツボは経絡上に存在します。経絡とは、気や血、津液(水)と呼ばれるものが通る鉄道路線のようなものと表現されます。ツボはその例えでいうと駅に相当するような部分で、主にツボを通じて経絡上を流れる気血津液の調整を行います。鍼はこのツボを介して身体のバランスを整えることを可能とします。
一方で現代医学的な見方をすると、多くのツボは筋肉の起終点や、重要な神経が分布している付近に存在します。そのため、関節炎や椎間板ヘルニアといった整形外科などの不調や、神経機能に刺激を効率的に加えて機能回復を行ったりすることにも応用することがあります。
【経絡とツボの関係 (出典:日本ペットマッサージ協会〈禁転載〉)】
鍼の針
「鍼って痛そうだから、うちの子には合わないかも…」というご心配の声をよく耳にします。動物の鍼治療で使用する鍼って実際どれくらいの太さなのでしょうか?
下の写真は予防接種で使用する平均的な注射針(上)と、鍼治療で使用する一般的な鍼(下)を比べてみたものです。写真の注射針の直径は0.6mm、鍼治療用の鍼は0.20mmとおよそ1/3です。つまり、鍼を刺入することによる痛みは非常に小さく、刺入による痛みを感じにくくするために鍼先の形状に工夫がされています。
【写真上:注射針(23G、直径0.6mm 写真下:鍼治療で使用する鍼(2番、直径0.20mm)
このような鍼を症状や体質などに合わせて何本か使用します。
鍼を刺入した後、その針に手指で刺激を加えたりお灸を乗せたりすることがあります、電鍼と言って、刺した鍼を電極として通電を行う方法があります。筆者はこの方法を好んで使用します。
メリットとしては、東洋医学的な理論に基づきツボから経絡の流れを整えることができる点と、電気的な刺激を患部に与えることによる鎮痛や神経の活性、筋肉の収縮運動の促進などに代表される電気生理学的な効果を同時に達成することができるからです。
一方で、動物の鍼治療では同じ姿勢を長時間維持することがなかなか難しいことから、「程よい時間で」「効果的に」施術を行うことができると考えています。
鍼で治療実績の多い疾患
【整形外科】
- 胸腰椎の椎間板ヘルニア
- 頸椎の椎間板ヘルニア
- 股関節炎
- 膝蓋骨脱臼
- 腰痛(原因不明)
【神経科】
- 神経麻痺(各部位)
- てんかん
【消化器系】
- 排便障害
- 腹鳴
【泌尿器系】
- 排尿トラブル
- 腎機能の養生
【その他】
- 慢性疾患
鍼と漢方、既存の治療との併用
これらについて、鍼単独で施術を行うこともありますが、漢方や既存の治療と併用することで、相乗的に症状の改善や悪化予防、再発予防などにお役立ていただけます。
椎間板ヘルニアや関節疾患などでは、鍼によって変形した箇所を元通りにするものではありません。症状の軽減や痛みの取り除く、生活の質の改善などといった部分でお役立てできる手段となります。施術をしながら、より良いコンディションを維持するための「養生」をしていくことで健康寿命を延ばしていくことができるものと考えています。
【手術後の経過が思わしくなく、リハビリと鍼灸を継続して起立歩行できるようになったわんちゃん】
鍼による効果は、個々の病歴や症状、体質などといった要素の影響を受けることが多いです。そのため、彼らの様子をチェックしたうえで施術の計画を立てていきます。お気軽にご相談いただけたらと思います。